迷光亭冬雀日記

思いつくまま、気の向くまま。行く先もわからぬまま。

愛の近似値

どれだけ思いをつのらせたところで、彼女に対して私が抱いているこの感情は、愛情と呼ぶのにはふさわしくないのだろう(少なくとも彼女は私の思いを「愛」とは信じてくれなかった)。

しかし、私の生きてきた年月の間に、自分自身よりも愛おしいと心から思えるような存在は彼女が唯一なのだ。この恥知らずにも「自分大好き人間」であることを自他ともに認める私が自分を捨ててでも、と思いつめるほど愛おしさが込み上げてくる、社会正義よりも世界平和よりも、なによりも彼女の幸福を願わずにはいられない唯一無二の存在、それが彼女なのだ。

だから、そこまで自分自身(のみ)の中で強まってしまった思いは、当然彼女にストレートにぶつけてしまったら「愛」というより「暴力」となる。…そんな最悪な真似をしてしまったのだ、私は。

ごく当たり前の結果として、「もう無理」とのLINEを送ってきて、彼女は去った。

あれから一年たとうとしているが、今も彼女のことを思わない日は1日とてない。

繰り返し自分に言い聞かせることは、『「愛」とは「思い」の強さに付けられる名前ではなく、ふたりのあいだの「関係」の深さを呼ぶ名前』だということ。もう彼女に会えないという、半身もぎ取られるような苦しみの中で得た教訓だ。「私の思い」は「愛」ではなく、その近似値だった。

にもかかわらず、彼女を未だに思い続けている私は、この「近似値」を心の杖として生きていくよりほかにないのだ。未練たらしいことこの上ないのだが自分でもどうにもならない。

人様から言われるまでもない、自分で言う。俺はバカだ。

ちょっとカッコつけて言うと“Lovefool”。

また今夜もなかなか寝付けないから、こんなことを書いちゃったよ…。

幸福の証明

彼女に会えない、耐えがたい苦痛!
この苦痛の強さこそが、彼女と過ごした時間のかけがえのない幸福、その不在から生じる苦痛であることによって、あの戻れない日々が真に私の幸福であったことの証明となる。
とすれば、苦痛がますます耐えがたいものとなればなるほど、あの幸福な日々こそ私にとって何にも変えがたい真に意味のある時間だったとの確証が深まるのだ!
今が苦しければ苦しいほど、過去の彼女と過ごした日々が尊さを増す。
苦痛よ、私の元に来たれ。

孤独


誰からも理解されず、

しかし誰をも理解しようと努力し。


誰からも愛されず、

それでも誰をも愛した。


所詮は報われず、徒労に終わるが如き

我等が人生にさきはへあれ。

2017年上半期オレ様的映画賞!!!

いきなりで、ホントすまないのですが、今年の映画界、洋邦問わず、良作多いので、「オレ様的映画賞」発表いたします!

【2017年上半期オレ様的映画賞】
大賞 『メッセージ』
作品賞『光をくれた人』
主演男優賞 ジャン・デュジャルダン 『おとなの恋の測り方』
主演女優賞 エマ・ストーンラ・ラ・ランド
監督賞 ドゥニ・ヴィルヌーヴ 『メッセージ』
日本語映画賞 『美しい星』
長編アニメ映画賞 『夜は短し歩けよ乙女
音楽賞 『T2 トレインスポッティング
新人賞 エラ・バレンタイン 『赤毛のアン
永世名誉監督賞 ティム・バートン

いかがでしょうか?
あなたの、2017年上半期、「これは!」と思った作品とかぶりましたか?少しもかぶりませんでしたか?
やっぱり、映画って本当に面白いですね!
それでは、
サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!

 

 

 

三鷹 My Love

東京生まれ東京育ちで「田舎」というものを私は持っていない。
小学生の頃、夏休みに田舎に帰省する同級生たちがうらやましかった。
しかしながら、そんな私にも、田舎とは言えないほどのものではあるのだが、「田舎」らしき場所があった。それは、母方の祖父母が住んでいた三鷹である。
上連雀の平屋の都営住宅は、2Kと庭があり、その庭には祖父が自分で建てた離れがあり、これまた祖父が自分で掘った池もあった。
母屋の部屋の畳に寝転んで、夏の昼さがりに半ばまどろんでいると、調布飛行場から飛び立つセスナのプロペラ音が、ぶうーんとして、子どもの私は何とも言えないのんびりとした気持ちになるのであった。
お正月には、都営住宅の敷地内の広場で凧揚げもした。ただ、その広場の直上には送電線が走っていたので、あまり高くは揚げられなかった。もっとも、チャーリー・ブラウンよろしく、私の凧は滅多に揚がらなかったので気づかいは無用なのであった。
この祖父母の家を根城にして、お出かけ好きの祖父に連れられて、深大寺の釣り堀や、井の頭自然文化園へ繰り出していた(ちなみに祖母は自然文化園の切符売り場で働いていた)。
こうしてみると、私は自分でも意外なのであるが、灰色一色だったように思っていた私の少年時代にも、ビビッドなカラフルな記憶が存在していたことに気づいて驚く。
三鷹、マイラブ。

屋上バカンス

友人がTwitterリツイートしてるのを見て、今日が忌野清志郎の命日であることを知る。
思い立って「トランジスタ・ラジオ」を聴いていて、思い返すのは、「学校の屋上」っていう、あの特別な空間のこと。
学校の中にありながら屋外。教室とはまるでちがう空気感の場所。世知辛い街中と窮屈な教室との絶妙な緩衝地帯。
私の通っていた高校は(厳密にいうと高等学校ですらない)、かなーりゆるくてフリーダムなごきげんな学校だったのだけど、それでも屋上が大好きだった。
天気の良い日には、コンクリの上に寝そべってタバコなどふかしていた。
今の若い子たちも、屋上とか好きなんだろうか?
今思えば、10代後半のあの頃、学校の屋上というあの場所は、私たちに許されたつかの間のバカンスだったんだろう。
いまだに思春期を引きずっている、はずかしいオッサンの私には、学校の屋上を離れて新しい「楽園」なり「リゾート」がどこかに残されているのだろうか?
日曜日の公園、休日午前中の図書館、昼下がりのカフェとか?
でも、ぴったり屋上みたいな空気のある場所ってなかなか見つからない。
エデンを離れるって、こんな感じなのかもしれない。
「こんな気持ち、うまく言えたことがない」。
やっぱ、キヨシローは、ようーくわかってたひとなんだなぁ。
今日も空が青かった。

向日葵の名前

恥ずかしながら、自分を花に例えると、ヒマワリだと自称している。

太陽そのものではないが、太陽に憧れる存在として自分自身と重ね合わせている。
おりにふれ、ヒマワリ好きであると人には話すし、そもそもアカウントのプロフィール写真もヒマワリだ。
 
当然、あの人も私がヒマワリ好きであると知っている。
だから、去年の夏にあの人と待ち合わせして、30分遅れてあの人が来たとき、遅れてごめんね、と言いながらヒマワリの花束を私に差し出してくれたから、それはもう狂喜乱舞する思いだった!
あの楽しい8月の日から、もう7か月たった。
ふたりきりで会うのは、今のところ、それが最後だ。
 
あのヒマワリも、とっくに枯れてしまった。
辛うじて、そのヒマワリの写真を撮っておいたので、それをせめてもの心のなぐさめとしている。
実体は、既に無く、イメージだけが残った。
ただ、虚しく「名前」のみ。